ちょっと散歩2017~わたらせ渓谷鉄道・わっし―号・その4~
これから通洞駅から歩いて5分程の足尾銅山の観光に行きま~~す! !
ここでは、鉱都として日本の近代化を支えた かつての歴史を偲ぶことができるそうです。
江戸から昭和まで、栄えては衰退し・・・・を繰り返してきた足尾銅山は、
現在、坑道の一部を観光施設にリニューアルし、鉱山の歴史を広く紹介しています。
1648年には、徳川幕府の御用銅山となり、江戸城や増上寺、日光東照宮などの銅瓦にも使用された銅を大量に産出していたとのこと。
江戸末期には、一端廃山同然になったそうですが、その後明治期には、近代技術を使ってたくさんの鉱床を発見、再び活気を取り戻し、東洋一の生産量を誇るまでに成長したそうです。
しかし一方では公害の問題も浮上し、生産量の減少も相まって、最終的には1973年に閉山したとのこと。
入口となるステーションから トロッコ列車に乗って進みます。
最初に掘られたという通洞坑へ入ります。
この先でトロッコ列車を降ります。更に奥へと続く坑道は、行き止まりに。
坑道は、横にだけでなく、縦にもたくさん掘られていました。その高低差は、
なんと1200m! ! もあるそうです。
もっと驚くことに、掘られた距離の総延長は東京から博多までの距離に相当する
1234Kmにも達するというから ビックリ・・・( ゚Д゚) ! !
歩いて坑道を見て廻ります。
展示エリアは、江戸、明治、大正、昭和に分けられ、人形や音声で当時の
採掘の様子を再現していました。
時々、天井からポタリと水が・・・・。
本当に実際の坑道だったんだ・・・と変に感動してしまいます・・・・
金の延べ棒ではなく・・・銅の延べ棒・・・です。
重そう! !
時代劇の銭形平次でも知られる貨幣の「寛永通宝」は江戸末期まで、
各地で作られていたそうですが、そのうち、足尾で作られたものには、
すべて裏に「足」の字が刻まれ、「足字銭」と呼ばれていたそうです。
その足字銭を作る様子を人形を使って再現していました。
全部手作り・・・この人形、ユーモラスで おもしろ~~~い! !です
観光エリアを抜け、お土産屋さんの入口にあった看板・・・((´∀`*))。
足尾の町は街燈も銅です! !
すごい銅! !
通洞駅から帰りは、普通の電車で大間々駅まで戻ります。
電車の中では、「わ鐵」の関連グッズの販売が・・・
関連グッズは、今では25種類から160種類に増え、売上も270万から1000万強まで
増えたそうです。
すご~い! !
車掌さんの販売努力に脱帽です。
大間々駅に到着しました。
わたらせ渓谷鉄道ともここでお別れです。
新しい発見がたくさんありました。
乗っていて とても楽しかったです。
銅もありがとう・("^ω^)・・・。
わたらせ渓谷鉄道は、2011年「スペシャリストが選ぶ乗って見たい鉄道ランキング」で見事一位を獲得したそうです。
今では廃線を口にする人は誰もいないとのことです。