ちょっと旅~2018 長崎と佐賀の旅19 軍艦島へ上陸

いよいよ軍艦島に 上陸します~(*‘∀‘)


軍艦島内は、南側にかけて300m程の見学通路が整備されていて、
それ以外の場所への立ち入りは、危険なので禁止されています。

実際に間近で見学できるのは、ほんのわずかな部分だけ。


さっきクルーズ船から見た北側のアパート群などは 近づくことは出来ません。
もちろん、建物の中に入ることも出来ません。

トンネルをくぐると~いきなり~(゚Д゚;)!
瓦礫と遺構だけが残る光景・・・。


驚きです!


島の東側は住宅などの建物は少なく、貯炭場などが並んでいたようです。
それも長い間の風雨によって崩壊し、無残な瓦礫となって散乱しています。

2本ずつ並ぶ柱は、石炭を貯炭場に運ぶ ベルトコンベアの支柱だったとのこと。

向こう側には、さっき海上から見た島内最大のアパート群が見えます。

島のほぼ中央、高い場所に建てられたアパートは、幹部職員が住んでいた3号棟なそうです。
風呂付、全室オーシャンビューだったとのこと。

50mほど歩くと、いきなり・・・
赤いレンガ~(*_*)!
ここだけ、色彩が復活したかのようです~

赤レンガの壁が残る建物は、総合事務所があった場所なそうです。


ほとんど 原型を留めていませんが・・・
赤い壁だけが 当時の繁栄を物語っているようにも見えます。

丘の頂上にある建物は、貯水槽だったとのこと。
海底送水管が敷かれるまでは、給水船によって運ばれた水が
ここに蓄えられていたそうです。


驚くことに、電気は大正時代から
海底ケーブルで送電されていたそうです。

見学通路は、島の南側へ。


ここに一棟だけ残る・・・・仕上げ工場跡なそうです。


周囲にもいくつかの建物があったそうですが、
それらは完全に崩壊してしまったと。

正面に見える7階建ての建物は、30号棟・・・
1916 年(大正 5年)に建設された 日本最古の鉄筋コンクリート造 
高層アパートなそうです。


その隣にある手前の建物は、昭和31年に建てられた31号棟。
島内では、比較的新しく、地下には、共同浴場、一階には郵便局や理髪店などが
あったとのこと。


島には5000人もの人が生活していたので、映画館やパチンコ店、などもあった
そうです。

ここでの生活は、危険な仕事の見返りとして、給与は高く、生活水準は、本土と比べても 非常に高かったそうです。


昭和30年代、「三種の神器」と呼ばれたテレビ、冷蔵庫、洗濯機の普及率が
本土では20%の頃に、すでに100%近くあったとのこと。


軍艦島は、時代の先端を行く、近代都市でもあったのですね。

一時間程の滞在時間は、あっという間に過ぎ、島を離れる時間になりました。


ここに好奇心だけで 訪れたような気がします。
実際には 驚きと・・寂寥と・・見たこともない光景に
複雑な思いが飛び交います。


今はただ雑草だけが生い茂る・・・
兵どもが 夢の跡  です。
儚く消えた情景に 心誘われます。

軍艦島は、2015年
「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産のひとつとして
世界遺産に登録されました。
日本の近代化を支えた軍艦島は、石炭産業の歴史を今に伝えています。


見ごたえがありました。
軍艦島への上陸・・・
長年の念願がかなって とっても満足しています。


×

非ログインユーザーとして返信する

あと 2000文字

※は必須項目です。