スイスの旅 -10- ツェルマットへ

2日間滞在したモンブランの麓の町シャモニー、
過ぎてしまえばあっという間。


まだまだ
いろんなところを歩きまわりたい気分ですが、


きょうは 次なる目的地へ。


スイスのランドマーク、
マッターホルンがそびえる ツェルマットへ向かいます!

バスと電車を乗り継いで ふたたびマルテイ二―へー。

山を登り、谷を下り・・・・フランス国境から 

スイス国境超えの大渓谷、
急斜面の降下を過ぎ、

氷河特急のような きれいな電車に乗り換えー♪~(´ε` )

いよいよですー!

シャモニーから約4時間、
きょうの目的地 ツェルマットに到着~♪

ツェルマットは、スイスの南西、ヴァレー州にあり、
標高は1,610m


スイス屈指の山岳リゾート地です。

町は ガソリンの車が乗り入れ禁止。
乗り物はエコカー(電気自動車)のみです。


カートみたいな小さいタクシーや

こんな優雅な 馬車が走ってますよー♪~(´ε` )

駅から延びる目抜き通りはすごい人ー(゚д゚)!


通り沿いには レストランや 山専門店などが軒を連ね、
たくさんの観光客。

今までほとんど会わなかった
日本人の観光客もたくさんー!

きょうのホテルは、駅から300m、通りから5分ほど離れた、
閑静なエリア。


アパルトマンタイプの部屋の中はこんな感じ。
広くて綺麗な部屋!
なんてったってバスタブがついてるのが嬉しい~!


朝食も悪くなかったです。

部屋からマッターホルンが !
ちょっと奮発してマッターホルンビューの部屋にして良かった。

通りに出て もう一度全景を。
お天気にも恵まれ 感謝 感謝・・・です!


スイスとイタリアの国境にあるマッターホルンは、
標高4478メートルの岩山。


周りのモンテローザや リスカムの方が 高いらしいのですが、
圧倒的にマッターホルンが高く見えます。


美しい山は数々あれどマッターホルンの存在感、神々しさは別格ー! !

さっそく、
登山電車に乗ってゴルナーグラート展望台へ行ってきまーす! !


ベトナムの旅-3- ホーチミンの統一会堂

ホーチミンの観光スポットはたくさんありますが、
最初にベトナム戦争の終わりを告げた場所 統一会堂へ!

ベトナムは、昔フランス領、
その時 ホーチミンの呼び名は「サイゴン」。


当時、サイゴンの大統領官邸だったのがここ統一会堂です。

ベトナム戦争締結サインが行われたのもここ統一会堂。
現在でも、重要な国際会議はここで行われているそうです。

ベトナム戦争は複雑な戦況で
17年間(第二次世界大戦ですら3年8ヵ月)も続きー(´・ω・`)


最後に1975年4月30日 サイゴンに突入した北ベトナム軍の戦車が
ここのフェンスを破り突入!


サイゴンは陥落し無血終戦を迎えたそうです。


当時全世界に流された「一つの国が消滅する瞬間」・・・・
その映像がまだ記憶に新しい方もおられるのでは?


館内には、こんな写真も・・・。

その時のソ連製の戦車が 敷地内にありましたー😲!

地下室には当時使われていた通信機器や指令室が・・・。

狭いスペースに作られた無線室も緊迫した雰囲気です。

屋上には軍のヘリポートもー(゚д゚)!
サイゴン没落時 アメリカ代表団はここからヘリで逃れたそうです。

一方 100以上もある部屋を見て回ると・・・・

これはすごい~😲!
壁一面に立派な漆絵、国の歴史物語が。

宮殿としての統一会堂も優美です!

映画室や娯楽室、ピアノやビリヤード台まで置かれていましたよ。

窓の外には 正面に真っ直ぐなレユアン通り!


この道を解放軍の戦車が通ってきた時、
大統領はこの場所から その瞬間を見降ろしていたかも・・・

大統領の官邸としてのきらびやかな表情と、随所にみられた戦争の歴史・・・・
統一というメッセージを感じた見ごたえある場所でしたー(・∀・)


入口に咲いてたハスの花を見ると なんだかホッとします。

さぁー!
今度は外に出てドンコイ通りへ。


東洋のパリとしてのホーチミンー^.^
美しいコロニアル建築群、見に行きます!


ベトナムの旅-2- はじめてのホーチミン

さぁー!
ホテルを出て、ホーチミンの街へー!


あいさつは「シンチャオ」
ありがとうは「キャムオン」おぼえました~♪

日本では見られない露店がいろいろ・・・。

「社会主義国」なんて聞くと、北朝鮮のような国情 思い浮びますが、
普通にしている限り、そんなコト感じません。

たぶん八百屋さん~♪~(´ε` )。

そして飲み物屋さん~♪~(´ε` )

向こうには バイクの大群~
この量スゴイでしょ!!


信号も無い場所が多くて


道路を渡るのは完全にタイミングー😲!
猛スピードのバイクの隙間を、ゆっくり渡ります。


日本の感覚だと絶対に渡れないです。


そして街を走るバイクのほとんがHONDA製。

コレ、テレビの映像。
バイクでこんな物まで運んじゃいます!

仕事がなければ自分で作ります。
街路樹の実を拾って道端で売っている人もいましたよ。


写真撮り忘れたので、自分で集めて撮りました(売れるかな?笑)

ホーチミンを含むベトナム南部は ベトナム戦争中、フランスの支配下だったそう。

なので、今でも街並はパリっぽいです^-^

熱気あふれる街中 抜けてきます~!
自転車いっぱいのカゴ、カサ、ザル・・・

ビッシリ並んだお土産いろいろ・・・

みんなとてもたくましいですー!
顔にも笑顔と活気 あふれています。


勢いがついている国のパワーや雰囲気は こんなにもスゴいのかと感じました。

ホーチミンの観光スポットはたくさんありますが
まず最初に統一会堂、
ベトナム戦争の終わりを告げた場所へ!

さぁー!
チケットを買って中に入ってみます!


ベトナムの旅-1- ホーチミン市へ

久しぶりの更新です。
訪問ありがとうございます!! 
また、よろしくお願いします。
☆    ☆    ☆    ☆


いつか行ってみたかったベトナム、南のホーチミンから 北のハノイ~ハロン湾
まで、8日間 細長いベトナムを縦断してきました。


ベトナムは、ベトナム戦争や、ベトちゃんドクちゃんやらのイメージが強く、
まだ発展途上国のイメージでしたが、ハノイ・ホーチミンは大都会でした。


高層ビルが立ち並び、コンビニ、スタバ、マクドナルド、日本のAEONなどのショッピングモールも進出していて 抱いていたイメージとは違いましたが、
先進国と比べると、まだ豊かとはいえないベトナムの姿もありました。

ハノイは米朝首脳会談前でしたが、意外とセキュリティーチェックも難なくスルー、


ヨーロッパと比べたら、飛行時間の6時間半ー!!
とっても早いです。

帰りはなんと4時間です。
日本との時差は2時間。
エコノミークラスですが、とってもラク~^-^

成田発17:50JL759便(JAL)の機内食です。


1、サーモンの柚子香る豆乳クリーム煮込み
2、漬物を入れた和ポテトサラダ
3、鱈とグレープフルーツのカルピオーネ
4、クリームチーズのムース、米粉タルト
しばらく和食とお別れだと思って、和食をセレクトしました。


若き料理人たちによる機内食~!
日本航空ガンバッテます。

もうホーチミン、タンソンニャット空港に到着します。
「タンソンニャット」なんてマンガに出て来そうな名前ですね。

ターミナル・ビルの外へ出ると・・・
ワァ~・・・この暑さ!


とても長袖なんか着ていられません。
家を出る時はダウン・ジャケットを着ていたのです!


空港の出入り口には迎えの人だと思いますが、たくさんの人が待ち構えています。
有名人でも来るのかなあ・・・と思うほど。
コレで夜の11時ぐらいです。

ホテルは繁華街に近いドンコイ地区にあるエクアトリアルホテル。
室内はとても清潔感がありました。

ベトナム2日目の朝~♫

ホテルのレストランに行ってみると…

ありとあらゆるモノが取り揃えてあって、楽しいやら、おいしいやら!
べトナムはフランスの植民地だったので、パン類もいろいろ。

パクチー香るフォー!!
翌日も食べましたよ。
美味かった!!!

ベトナムの第一印象は
若い人が多くて、エネルギーに溢れてるっていう感じです。


ベトナムの風景は10年前とは大きく様変わりしたそうです。
今、大きな変わり目の真っ最中、
なので、今しか見られない光景がたくさんあるような気がします。


さぁー!
ホテルの外へ出て ホーチミンの街歩き はじめまーす!


思い出旅-42- フェルメールの故郷デルフト

せっかくオランダに来たのだから、


フェルメールが 人生のほとんどをすごした街、 
デルフトを訪ねてみました。

マウリッツハイス美術館のあるデン・ハーグから電車で20分程、
運河沿いに広がる 明るくて
こじんまりとした 街並みです。

運河沿いの道、 旧教会を目指して 歩くと・・・・。


「デルフトの小路」の絵のよう・・・ レンガ造りの家々が並んでます。

デルフト運河から見た旧教会は、


1325〜50年頃につくられたデルフト最古の教会・・・・
ピサの斜塔のように 少し傾いています。


内にはフェルメールのお墓が。

教会内はとっても天井が高く、広々~!
静かに落ち着いた時間を過ごすのに もってつけの場所。


日が当たって きらめくステンドグラスがとってもきれいです。

フェルメールは1632年オランダのデルフトに生まれ、
生涯デルフトの街で過ごし・・・・


自分の絵が こんなに有名になるなんて知らないまま、
1675年12月15日に亡くなったそうです。


享年43才と。


お参りして、感謝のお祈りをしました。

旧教会から5分くらい。
今度は 街の中心部 マルクト広場にある 新教会が見えてきます。

108メートルの高さの尖塔。
フェルメールが洗礼を受けた場所なそうです。


1536年の大火で 塔のてっぺんが真っ黒焦げに。

教会の中には、こんな斬新なステンドグラスもありました。

真向いには、フェルメールの生家が・・・・。
この辺りでしょうか?


ご両親は 宿屋兼画商を営んでいたそうです。

さっきマウリッツハイス美術館で見てきた 、
「デルフトの眺望」です。


運河に囲まれたデルフトの街を  
市の南端にあるスヒー川の対岸から眺めた風景なそうです。

ここマルクト広場でも、目の前に
新教会や とんがり屋根のふたつの塔も見ることができました。


フェルメールが1660年に描いた デルフトの街は、
今でも そんなに変わっていません。


400年もの歳月がたっているのに ヨーロッパの街並みって すごいです。

「もしかしたらフェルメールもこの道を歩いていたかも…」と思いながら
散策したデルフトの街・・・・、


フェルメールは とってもデルフトの街を愛し 美しいと感じて、
「デルフトの眺望」を描いたんだなっていうことがよくわかりました。
☆     ☆     ☆     ☆     ☆


明日からベトナムに行ってきます。
その後所用で、3月はじめまでブログの更新をお休みします。
帰りましたら、また 旅の様子、報告していきたいと思いますので
今後ともよろしくお願いします。