ちょっと旅~2018 金沢・白川郷 その2 兼六園まで

300年の歴史を誇る金沢の厨房「近江町市場」まで来ました。


兼六園、21世紀美術館からも 歩いてすぐというアクセスの良さ( ^ω^)・・・
たくさんの観光客でごった返しています。


氷の上に鮮魚が泳ぐように並んでいますよ。

能登の沖合は、暖流寒流の交差点,
ありとあらゆる魚介類が 勢ぞろいしているそうです。


どれもこれも美味しそう~( ^)o(^ )! !

「エビいらんかね~」
「キス、キスが今日は安いよ!」


あちらこちらから 声が飛びます。
これがまた渋い美声!

お腹空き過ぎました~! !


取り敢えず、すぐ食べられるこれ。
大トロ、中トロ、シマアジ・・・。そしてビール~(*^▽^*)!


みんな( ^ω^)・・・
あれ、これ、それ・・・とすごい勢いで食べてます~Σ(´∀`;)

次は 新鮮な魚介類をその場で食べられる このお店~( ^)o(^ )!


「すぐ食べられるよ」とお店の方が、親切に案内してくれました。


美味そうな生ウニと岩牡蠣を。

小さめでちょうどよい量の生ウニは 鮮度が良いのか  クセが全然ありません。


この岩ガキ。
水のようにいくつでも食べられそう。



少し歩くと、加賀百万石の歴史薫る 金沢城址公園です。


以前来た時には、確か、ここに金沢大学の建物がありました。
この復元 驚きです! 


見どころは、近年再建されたこの「菱櫓(ひしやぐら)・五十間長屋(ごじっけんながや)・橋爪門続櫓(つづきやぐら)」なそうです。

二の丸の北東隅に建てられているのが「菱櫓」。


名の通り、建物の平面が菱形になっていて、
死角を少なくし 視野を大きくする効果があるのだそうです。

二の門は入母屋造りの櫓門。
造りがとっても 斬新!

菱櫓と橋爪門続櫓を結ぶ「五十間長屋」は、
武器などを保管する倉庫として使われていたそうですが、

建物に使用されている100本の柱は  
釘やボルトを一本も使っていないと。


感動ものです!

金沢といえば 超~魅惑のスポット この風景ヾ(o´∀`o)ノ♪
兼六園まで来ました。

二本脚の ことじ灯籠、
手入れの行き届いたお庭、


雨だけど この空気感~°˖☆◝(⁰▿⁰)◜☆˖°
日本の庭園って いいですね!
心落ち着きます。

北スペインの旅-19- 平和への思い・ゲルニカ

バスク鉄道 ベルメオ行きの電車に乗り、約50分・・・
スペイン内戦で悲劇の舞台となった ゲルニカに向かっていま~す!


ゲルニカと言えば、ピカソの作品「ゲルニカ」。
スペイン内戦のさなかの1937年、フランコ率いる国民戦線と連携した
ナチス・ドイツのコンドル部隊に 人類史上初の無差別爆撃を受け、


そのニュースを知ったピカソが、戦争に対する怒りと悲惨さを描いたのが
「ゲルニカ」の絵なそうです。


そろそろゲルニカに到着。

ゲルニカの駅は、予想外にあったかい感じの 石造りの小さな駅舎です。

駅構内には、こんなレトロな水道がありました。

淡いパステルカラーの町並みは、
今は とっても穏やか~♫
ゆったりとした時間が流れています。

爆撃された市場跡・・・フェリアル庭園です。


1937年4月 26日・・・この場所で・・・
飛来したヒトラーのコンドル部隊の爆撃で、推定1645人の
市民が犠牲になったそうです。

駅から5分程のゲルニカ平和博物館まで来ました。
さっそく、中に入ってみます。

空襲当時の写真が たくさん展示されています。

爆撃で破壊された建物の瓦礫や 家具なども展示されていて、
空襲当時の様子を再現した ジオラマ仕掛けの部屋もありました。

この絵はゲルニカの絵をもじって、
「平和なゲルニカ」でしょうか。


ピカソもビックリですね。

平和博物館を出て、緩やかな坂道を登ります。

ゲルニカは空爆で破壊されましたが、
バスクの議事堂と 
議会の庭にあったオークの木は 奇跡的に残ったそうです。


町中には、そのオークの葉を型どった こんなポールがあちらこちらにありました。


何世紀もの間、オークの木の元で行われてた、伝統的なバスクの議会。
オークの木は自由の象徴だったそうです。


ここは、そのバスク議事堂。

議事堂の中の評議会場です。
議席の数は50席ぐらいで、こじんまりしていました。

バスクは19世紀まで、自治権があったそうですが、


その起源は 議事堂の
このオークの木 (これは3代目) の下で
独立の宣言をしたことによるのだそうです。

議事堂の天井には、美しいオークの木のステンドグラスが。
木の下で住民が 結束を誓い合っている様子が 描かれているのだそうです。


天井一面 スゴイ迫力です。
(逆さになってしまいましたが)

オークの木って 樫の木のことなそうです。


議事堂の庭園内には、その他にもオークの木があり、
こんなどんぐりが たくさん落ちていました。


議事堂の近くの小高い丘には、ピカソ「ゲルニカ」の
レプリカがありました。


これを描いた当時のピカソは、パリ万博の壁画を依頼されていて、
ゲルニカの悲劇を、わずか50日で 
怒りを込めて描き上げ、
万博のスペイン館に展示したそうです。

万博の後、この絵は、ニューヨークの近代美術館に預けられ、内戦に勝利した
フランコ政権による度々の返還要求にも、


ピカソは「スペインに自由が戻るまで、この絵を戻すことはない」と拒否し続け、
ピカソの死後、1981年、スペインに返還されたのだそうです。

実物大のモノトーンの絵からは、
やはり強烈な印象が伝わってきます。


ゲルニカは日本で言うと、広島や長崎のような街。


今、この町は、地元の人も の~んびり~
時間の流れもゆっくりしています。


爆撃で破壊されたこの町の画像と、
今のゲルニカの町の穏やかさ・・・・・


このギャップに 
平和への思いを 強く感じました。

 思い出旅-29-  四国~内子町

ここは、愛媛県、内子町。


江戸時代後期から、明治にかけて木蝋や生糸で栄えた町家や豪商のお屋敷が
当時のまま、軒を連ねています。

内子町には、大正期の思いが伝わる 101歳の現役 芝居小屋が・・・(*^^*)

中に入ると、この風格~!

舞台に立ったり、奈落を見たり・・・・
花道を歩いたり( ^ω^)・・・ 


町中で、こんな床屋さんを発見~~☆!

明治や大正の風情あふれる ステキな町並み
 歩いていても、しみじみします~(^^♪


古くてどこか懐かしい 新鮮な雰囲気。
いいな こういうの…‥(^0_0^)~!


 思い出旅 -28- ~ 四国松山

愛媛松山は、いつか住んでみたい
大好きな町の ナンバーワンです。


毎日、道後温泉につかり・・・・

松山城まで散歩し( ^ω^)・・・

天守閣に登り

松山市内を見渡せたら、最高です~(^_-)-☆

この町でひと月ぐらい 
ふつうの家に住んで、食事を作り・・・・


近所の地図を覚えて、
その日 ふと思い立った場所に出かけてみたいです。



インドの旅 - 6 -  金色にかがやくブッタ 

そろそろ日が暮れ、
辺りは暗くなってきました。


これから本堂に入り、ご本尊のお参りをします。

大菩提寺のご本尊は、以外に狭いところにあります。


ブッタの悟りの姿である降魔成道仏が 本尊として安置されているとのこと。
金色に輝く本尊は 建立当時そのままの姿なそうです。

小さな仏像ですが、
崇高さがびんびん伝わってきます。

今でもブッタが この場に座しているかのように
深い礼拝を捧げる僧や巡礼の姿・・・・。


時を超えて 信仰の強さが伝わってきました。

マハーボディ寺院は2002年に世界遺産に登録されたそうです。


現在の建物は5~6世紀のもので、その後改修を繰り返して
現在の形になったとのこと。


ちなみに、ブッタがここで得た覚りの内容は、
「四諦八正道」の教えとしてまとめられ、


仏教の広がりと一緒に、多くの人に読まれ、
人々の心の支えになったそうです。

ホテルまでは、リキシャでまた、デコボコ道を走ります~(^^♪

夜のブッタガヤは、すごい活気!

気が付くと、辺り一面霧に包まれ、なんとも幻想的な雰囲気・・・。

ここが、ホテルと言われても、すぐ前の建物すら見えません。

やっとホテルに入り、ウエルカムのチャイをいただき、ホッと一息。

夕食は、生姜、パクチー、レモンバームなどが入った
とっても刺激的なスープ~!


クセになりそうな味です~(*^。^*)

素朴なお料理の数々ですが・・・。
ジャガイモの煮っ転がしのような一品がとっても美味しかったです。

部屋に入るとかなり寒ーい!
エアコンをつけても全然暖まりませーん!


みんなから一斉の苦情があり、

ホテルのスタッフが大わらわ。各部屋に温風ヒーターを取り付けにまわり、
とっても温かくなりました(*^。^*)


ホテルスタッフの懸命な対応、ちょつと感動しましたよ。


インド2日目、とっても長い一日も これで終了。
あしたは、6時間半のバス旅、サルナートを経て ベナレスに向かいます。